大判例

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東京地方裁判所 昭和40年(ワ)3351号 判決

以下は、判例タイムズに掲載された記事をそのまま収録しています。オリジナルの判決文ではありません。

〔争点〕昭和三九年六月一日午前一〇時一五分ころ、東京都北区滝野川町六丁目七一番地先道路(中仙道)において、訴外綿引耕は自転車(被害自転車という)に乗つて北進中、進行方向左側に停車中の被告森の運転する貨物自動車(以下甲車という)の右側扉が開かれたため、これに接触して転倒したが(第一事故という)、そこへ後方から被告朝井の運転する被告会社所有の大型貨物自動車品一い二五五七号(以下乙車という)が進行してきたため、これに轢かれて(第二事故という)、下腹部轢断による腹腔内臓器損傷を蒙り即死するに至つた。(請求原因第一項の事実である)という事故につき、乙車の運転者たる被告朝井の過失の有無が争われたが、判決は、これを肯定したものである。

〔判決理由〕<証拠>によれば事故現場は東は西巣鴨方面へ西は板橋方面に通ずる直線の全幅員二二、四五米の歩車道の区別ある道路で、車道幅員は一五、四五米、歩道幅員両側それぞれ三、五米で道路中央部に複線の路面電車軌道が通つており、道路の南側部分においては、軌道敷の部分は石で敷きつめられ、その南端から南側車道端までは四、七九米あり、その部分はアスフアルト舗装であること、甲車は東方から西方に向けて進行して来て道路左側に寄せて停車したがその際甲車(車幅一 六九米)の進行方向右側部分は左側道路端から一、七米の距離にあつたこと、被告朝井は乙車を、時速三〇ないし三五粁の速度で東方から西方に向け運転中、三〇米位前方に停車中の甲車を、さらにそこから二、三米うしろの地点を走つている被害自転車をそれぞれ発見したが、乙車(車幅二、二五米)はその右側車輪が軌道敷の上を走る位置にあつて、車道左端と乙車左側面とは約三米の距離があり、従つて乙車が甲車の脇を通過するときもその間に約一、三米の余裕があり、被害自転車もゆるい速度で安定した走り方をしているので乙車が被害車を甲車の脇で追越しても大丈夫だと判断し、特に右に寄ることもなく、速度もそのまま進行したこと、しかるに乙車が甲車の右後方四ないし五米に近づいた時、甲車の右側運転席にあつた被告森が突然右側扉を開いたため、扉の先端部と被害自転車の左ハンドル部分とが衝突し、被害自転車は安定を失つて、それに乗車していた耕は車道左端から、四、〇五米の車道部分に投げ出されたこと、(第一事故)、被告朝井は乙車の左前方に耕が倒れかかるのを発見し、右にハンドルを切りブレーキをかけたが、前輪で轢くことは避けえたものの、左後輪で耕の胴を轢くに至つたこと(第二事故)が認められる、およそ停車中の自動車の運転者ないしは乗車中の者が車内から扉を開くについてはあらかじめ周囲の交通状況を顧慮し、安全を確認してからこれをなすべきことはいうまでもないのであるが、実際上はこのような十全の注意を払うことなく突然扉を開くことは間々あることであり、しかもたまたまその脇を他からの衝撃に弱い自転車が通行しているときは、その扉と自転車とが接触し、それに乗つていた者が道路上に投げ出されるという事例は決してまれではないのである。特に自動車は通常道路左側寄りに停車するが、運転席は車の右側にあるのが大部分であるから、右側扉が危険である。従つて道路左側に停車中の自動車の右脇を自転車が通過しようとしているときにその自転車のさらに右側を追い抜くに当つては、右の危険を考慮してかかる事態が生じてもこれに対処しうるよう、適宜自転車との間隔を十分にとるためさらに右に寄るとか、不慮の場合直ちに停止しうるよう減速する等、安全を確保する体勢をとりつつこれをすべきものである。しかるに被告朝井は、これらを考慮することなく、単に乙車と甲車との間隔は約一、三米あり、被害自転車は安定した走り方をしているので通り抜けられると安易に考えて進行したというのであるから、かかる点に過失があり、その結果被害者が路上に転倒したとき、これを避けることができなかつたといわねばならない。よつて第二事故は被告森の前記過失と被告朝井の右過失と相まつてこれを生じさせたというべきである。(吉岡進 岩井康倶(転補につき署名押印できない)浅田潤一)

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